卵の絵付け、昔から続くイースターエッグの伝統

卵の絵付け、昔から続くイースターエッグの伝統

「生命の甦り」のシンボル、イースターエッグ、そのエッグにこれまでに数え切れないほどの絵付けを行ってきた伝統工芸作家オードロネ·ランピツキエネはイースターエッグを「リトアニアの曼荼羅(まんだら)」と呼んでいる。実際、絵付け作業自体が瞑想的である事、繊細で同じものはどれ一つとしてない模様、美しいコンポジション、卵の殻という脆弱な素材を考えるとそう言えるであろう。

イースターエッグ

イースターエッグは装飾品として、また伝統的な工芸として捉えられる事が多いが、絵付師オードロネ·ランピツキエネはイースターエッグが生命や自然の復活、再生、知識などを運んできてくれると感じている。キリスト教の時代には装飾された卵はイースター(イエスの復活祭)のためのものだったが、その歴史はもっと古い。世界的にも神話の中で卵は物事の根源を象徴しているが、キリスト教が布教される以前のリトアニアでも卵には再生の力を生みだす命のエネルギーが溢れているとされていた。

いろいろな文化の影響が入り混じり、イースターエッグは魔力が宿っているとされ、人々は幸運や健康、その一年を無事に過ごせるようになど様々な願いをこめ互いに贈り合ってきた。またイースターエッグは豊作や家畜の健康を祈り、悪霊や病気から身を守るためにも用いられてきた。

イースターエッグを転がして遊ぶ慣習があるがそれは卵が土に触れる事で『大地を開く』すなわち土に命を吹き込み、割れた殻から豊穣や繁栄がもたらされるという信仰がもととなっている。これはイースターエッグにまつわる多様な慣習や儀式の一例に過ぎない。卵の模様と色も意味合いがあり、卵に模様をつける習慣は石器時代にまで遡る。リトアニアでは16世紀からイースターエッグの習慣があったことが書物に記載されている。20世紀の初頭からイースターエッグは伝統文化として認識され、その模様やエッグも収集されるようになり、展示物として活用されるようになった。

初期のころのイースターエッグは一色であった。色によって意味合いが異なり、例えば黒やこげ茶は作物を育てる土の色であり、赤は命やその命に不可欠な血液を意味していた。黄色は小麦やライ麦をあらわし、緑は植物を表していた。古来はイースターエッグの色と模様によって、卵の魔力が更に強まると信じられていた。

模様のモチーフは多くの場合、植物や幾何学模様でありそれらの多様な組み合わせである。時折動物のモチーフなども用いられるが、一般的に模様には太陽、十字架、葉、星、蛇、鎖、スパイラル、点、曲線などが使われる。

イースターエッグに使われている模様はリトアニアの他の伝統工芸品、例えば衣装箱やタオル掛け、メタルの装飾品、陶芸にも用いられている。すべての模様には魔力が宿るとされており、例えば、太陽は輪の模様として表現され「生命」「光」を意味し、農作物に光をあてることによって、植物の成長を守っているとされている。卍模様は光、太陽、火を意味している。波線は植物に欠かせない水を意味しており、四角は畑や継続性、安定のシンボルである。蛇の模様、スパイラルの模様は永続性、復活、死からの蘇りなどを意味している。自然や繁栄は花びらなどの植物のモチーフで表されている。場合によって卵を4つの部分に区切って絵付けすることがあり、それは「十字架のコンポジション」と呼ばれている。このように4つに模様付けを分けることで、4つの方角(東西南北)や四季(春夏秋冬)を表現しているともされている。

オードロネ·ランピツキエネは古来からの伝統を守りつつ絵付けを行っている。イースターエッグはとても独特な伝統技術であり、その継承が重要視されている。そのような中で彼女は様々な祭りやセミナーでリトアニア人、時には外国人を対象として蜜蝋を用いたイースターエッグの絵付けの伝統を教えており、こういった方法は世界にリトアニアを知ってもらうための良い方法だと考えている。

作品として初めて絵付けを行ったのは1995年であるが、幼少より家族の影響で絵付けには慣れ親しんでいた。絵付けの方法を自分の母や祖母から見習い、代々受け継いできた。色の必要に応じて、化学的な着色料を用いて染色を行うこともあるが、基本的には食しても問題のないような自然の物を染料として用いている。好きな卵の色は黒や赤茶、こげ茶などで、それを2色、3色、それ以上用いて染色を行う。

Audrone Lampickiene

模様は誰の真似でもなく遊び心を持って自分でつける。卵に模様をつける前にどのような模様をつけるのか決めず心を空にし、そのときの状態に任せ無意識的に模様をつける。『卵の絵付けを始めるときに模様について予め考えずにプロセスに入ります。何も考えず絵付けをしているのです。新しく作った卵の模様が気に入った場合でも、次に作るときに一部の模様を使うことがありますが、全く同じものを作るということはしません。』一つのイースターエッグの模様を完成させるにあたり、数百回も蜜蝋ペンを走らせる。

アリトゥス出身·在住の絵付師、オードロネ·ランピツキエネは活動的でクリエイティブな女性であり、伝統工芸職人の資格を持ち、リトアニア伝統工芸連合ズキア地方の代表を務めながら、イースターエッグの絵付けや市の創作に心血を注いでいる。その名はリトアニアでのみ知られるに留まらず、日本でワークショップを開催した経験も持つ。1995年からは絵付けのデモンストレーションやワークショップを国内外の様々なイベントやフェスティバルで行っており、リトアニア各地で展覧会も開いてきた。2004年にリトアニア伝統工芸連合のメンバーとなり、2005年にはリトアニア伝統工芸家協会のメンバーとなり、その作品はリトアニア各地のミュージアムで展示されている。

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