養蜂家のアルヴィダスさんとミツバチ愛
Pasakaに毎年美味しい生蜂蜜を届けてくださっている養蜂家のアルヴィダスさんと奥様のエディタさんは、私が信頼し、最も尊敬する方の一人です。長いお付き合いの中で、いろいろなお話を伺ったり、教えてもらってきたのにもかかわらず、まだそのことを文字にして多くの方に伝えていなかったので、ずっと気にかかっていました。
少しづつであっても、もっとアルヴィダスさんやご家族のこと、養蜂のこと、リトアニアのこと、より多くの方にお伝えしたいという思いと、自分の忘備録のためにも、ブログに書き留めていきたいと思います。
(今年こそは!笑 in 2022)
想いや記憶をよりダイレクトに伝えられるので、モノローグ形式になっていますが、ご了承くださいませ。思いつくままに、そして何回かに分けて書くと思いますので、重複した内容も出てきてしまうかもしれませんが、お付き合いいただけましたら嬉しいです。
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養蜂家のアルヴィダスさんはとてもお喋りだ。
訪問すると、必ずと言っていいほど、90%くらいはアルヴィダスさんが話している。
膨大な情熱を抱きながらも、あくまで淡々と、静かで柔らかなトーンで。
方言も強いので温かい感じもする。
ミツバチのこと、今年の蜂の様子、森の植物の様子、巣箱のこと、などなど言葉が溢れ出して止まらない。その情報量や話のスピードに【しゃべる、寝る、食べる】が大好きなうちのリトアニア 人の夫でさえ、追いついていない。相槌を打ちながら、時々メモしたり、しなかったり。
私となると更に話に追いついていない。特に専門的な用語が出てきて、頭の中に一度【え!それって何?】というシグナルが出ると、もうそこで、ストップだ。
走り続けるアルヴィダスさんの表情を見ながら、せめて全てを感じ取ろうと、お茶をすするのみ。
話していることを30%くらいは正確に理解できているのか、70%理解できているのか、それともできていないのか、自分でも定かではない。
でもわかることがある。
アルヴィダスさんは、いつも頭の中がミツバチのことでいっぱいだ。多分朝から晩まで。
そしてミツバチへの愛情でいっぱいだ。
どうしたらミツバチたちが元気で、幸せに過ごせるのか。
本当に、本当に、心の底からそのことばかり考えている。
こんな人、見たことない。はっきり言って。
ある年、アルヴィダスさんの家が火事になった。
家は全焼。全ての家財や機材を失い、その年に置こうと準備していた大事な巣箱もほぼ全て失った。幸いご家族は皆無事で、怪我もなく、そのことが救いだった。
こんなに素晴らしいご一家に、なぜこんな試練が、と、とても理不尽な気持ちになった。
でもそんな逆境の中、アルヴィダスさんは取り乱していなかった。
『僕は道に迷っていないよ。大丈夫だ。人生の中で、本当に道に迷うとは、自分がやるべきことが分かっておらず本来と別の方向に進んでしまう時なんだ。進む道がわかっていることが大事なんだ。』
いつも通りのトーンで、さらっとこう言った。
この言葉は、私にとって、一生心に刻んて置きたい言葉になった。
(また、別のときには、『僕が巣箱に(装飾のために)奇抜な色のペンキを塗り始めたりしたら叱ってくれよ。その時こそ、おかしくなってる時だから。』とにやりと悪戯っぽく言っていた。
(趣味で養蜂をしていたり家のそばに巣箱を置いたりしている家庭では、巣箱をカラフルにしたり絵を描いたり装飾をしていることもあるが、それはアルヴィダスさんにとっては絶対NOのことらしい。)
リトアニアの森や野原のあちらこちらにある、彼の巣箱の場所は本当に厳選された場所ばかりだ。
一緒に回っても、車から降りられないほど【野生】な場所もある。
草花が多い茂り、不用意な格好で降りてしまうと、危なかったりするのだ。どんな虫がいるか、どんなトゲがあるか、予想がつかない。
真夏に防御服の中で汗ばみながら、真剣な眼差しで巣箱のチェックをするアルヴィダスさんを車窓から見守っている。
(車窓からの写真。見えにくいがチラチラとした白い点はミツバチがたくさん飛んでいる様子)
冬のある時は、澄み切ったそして凍ついた空気の中、森の中の道なき道を進む、アルヴィダスさんの後をついて行った。アルヴィダスさんの足跡に混じって、鹿やいのししの足跡もあった。
夏のある時は、まさに森のど真ん中、人っ子一人いない、鳥の声と小川のせせらぎが微かに聴こえる他は、やわらかな風がフッと通り過ぎるだけの、不思議な世界に誘われた。
本当にここに巣箱があるのかな?と思うくらい、地球の片隅の森の中をずっと歩いた。
もちろん車両は入れない。
こんな場所にアルヴィダスさんは巣箱を置きに行っている。決してマッチョではなく、どちらかと言えば細身で控えめな印象のアルヴィダスさんが、大きく重たい巣箱を背中に担ぎ、黙々と森を進むその姿を思い浮かべると、涙が出そうになる。
そして、その理由がまたすごい。『蜂が健康に、幸せに暮らせるよう、心底願っているから。』まさにその一言だ。最高の蜂蜜を収穫したいから、ではないのだ。
効率性、収穫量、収益などを考えると、彼の養蜂はまさに真逆をいくものであるし、リトアニア国内でも有名な養蜂家さんでありながら、それがお金に直接結びついているかと言えば全くそんなことはない。
『こんな養蜂見たことない!莫大な時間と労力を惜しまずにここまでやっている人ははっきり言って彼以外いないだろう。』その作業を目の当たりにしたリトアニア人も、そう言っていた。
私としては腰も心配だ。
どうして、こう言った自然条件の場所を選ぶのか?と聞いたことがある。
長いアンサーだったが、まとめるとこうだった。
①半径100m以内に十分な、農薬や排気ガスなどの影響が皆無で育った草花、樹木の蜜が十分あるか、が決め手。良質な蜜があまりないと、蜂は蜜を求めて必要以上に遠くに飛ぶことになる。そうなると、農地の側に行くことにもなり、農薬や公害の影響がある蜜を吸ったり、排気ガスの影響を受けることになる。それは人が思っているよりも蜂に深刻な影響を与える。蜂が病気になる。それに三半規管がやられて方向感覚が分からなくなり、巣に戻ることができず、死んでしまうこともある。巣に戻れたとしても群れの蜂に病気をうつしてしまう。
②植物の多様性があることが大事。よく畑などのそばで養蜂をする人も多いけれど、それは農薬の影響があるだけでなく、同じ種類の花の蜜を吸うことになる。
人間と同じ。いろんな種類の食べ物を選びながらバランス良く食事をすると体にも良いし、元気でいられる。ミツバチもそうなんだと思う。
『なるほど!確かにそれは、蜂にとっては最高の環境かも。』と思いながらも、小鳥は飼ったことがあるけれど、蜂たちのことが可愛い!大好き!と思える、理由がいまいちわからない私は続けた。
『でも、どうしてそんなに蜂が好きなんですか?』と。
蜂は人間の感情を感じることができるんだ。
ミツバチに接するときに、怒っていてはいけない。イライラしていてはいけない。
それがしっかり伝わるんだ。そして蜂たちがとても攻撃的になる。
でも、穏やかな気持ち、澄んだ気持ちで蜂と接すると、とても仲良くしてくれるんだよ。
だから巣箱のところに向かうときは、どんな時でも、穏やかな気持ちにならなくてはいけない。でも無理にそうしなくても、蜂といると、自然とそんな気持ちになれるんだ。
蜂と一緒に過ごしているととてもいい気分でいられるよ。だから僕は幸せなんだ。
『ミツバチが人間の感情を感じ取ることができるなんて!』と少し驚きながらも、いつも落ち着いて穏やかなアルヴィダスさんを見ていると、とても説得力があった。
それに、アルヴィダスさんは、蜂に愛情をたっぷり注いでいると思っていたけれど、それは一方的なものでなく、ミツバチからの愛情もたっぷり感じているんだな、ということを理解できた。
日々蜂と接している彼だからこそ感じる、特別なフィーリングなのかもしれない。
アルヴィダスさんの使っている巣箱は箱状のとても伝統的な形のものだ。
自然界の蜂は、地面の中や樹木に巣をつくる。アルヴィダスさんの巣箱は樹木に穴のように巣をつくるその環境になるべく近くするための巣箱だ。
一緒に巣箱のある場所を回っている時に、積み重ねた巣箱の位置を変えたりしていることがあった。蜜も入っていて見るからに重たそうな巣箱だ。『この巣箱の女王蜂とあちらの巣箱の女王蜂は相性が悪くて、働き蜂の間でも喧嘩になりやすい。多分お互い気が強い。こういう時は巣箱にちょっと距離を持たせるとうまく行く。だから変えているんだよ。』
ミツバチ界では、女王蜂というボスの下に大勢の働きバチがいて、一つの群れを形成している。
近所同士の女王2匹があまり相性が良くないと、部下の働きバチたちも争うそうな。
アルヴィダスさんは群れの特徴(主に女王蜂の特徴や性格)をよく観察して巣箱の場所を決める。そして必要に応じて、お互い落ち着いていられるよう、巣箱の位置をアレンジするのだ。ミツバチ=性格がある、とは想像すらしていなかった私であったが、アルヴィダスさんのような社長やボスが会社にいたら、社員のメンタルヘルスも保たれて幸せだろうな、とつい人間社会に置き換えてしまう。
(でもリトアニアでは大昔からミツバチは単なる昆虫ではなく、人間と同格の存在で、とても敬われてきたので、ミツバチを人間に置き換えて考えても、もしかしたら全く不自然でないかもしれない。)
遠くまで飛ばなくとも多様な植物の蜜がすぐ近くにある環境、心穏やかに暮らせる環境、アルヴィダスさんのもとにいるミツバチたちは幸せだな、とつくづく思う。
そしてその蜂たちの幸せ感が、蜂蜜にバッチリ反映されているから、なんとも言えず美味しいのだな、と感じる。